クグルクトゥクへの出発当日。それはそれは長い1日でした。
私のフライトは、
関空〜バンクーバー〜エドモントン〜イエローナイフ〜クグルクトゥク

海外1人旅が初めてだった私には、どんどん何もなくなっていく北極圏へのフライトは
かなり強烈でしたが、それも今となっては楽しい思い出です。
とても長いのでおヒマな時に読んでくださいね〜。



モコモコの服装で初めてのエア・カナダ 
日の丸出発の日、私は京都駅まで友達に見送ってもらい、エア・カナダで関西空港から旅立ちました。最終的に−30℃以下になる気温を考慮して、なんと最初からフリース3枚を重ね着し、さらにロングダウンパーカを着ていました。さすがに国内では暑くて手に持っていました。靴も面倒なので最初から断熱材入りのブーツをはいていました。

インターンシップの出発日はあらかじめ決められていて、空港で全員集合して各地に散らばっていくのですが、私の場合は乗り継ぎ便の関係で一人だけ1日早く出発しなければなりませんでした。みんなと一緒なら、主催者側が用意したカウンター前に集合し、職員の方に案内されながらワクワク出発するのでしょう。ところが私は一人。モタモタしながら搭乗手続きしつつ、同じだけ参加費用払ってんのにエライ待遇の違いじゃねーか!と憤ってみたりしました。私だけ放ったらかし。さびしい・・・。

しかし初めて乗るエア・カナダは新鮮でした。一人きりの国際線フライトも初めてだったので、ヒジョーに気合も入っていました。バンクーバーに到着し、ダウンパーカまでしっかり着て飛行機を降りようとした時、フライトアテンダントのお姉さんに「スキー楽しんで来てね!」と笑顔で言われて思わず苦笑い。スキーじゃなくて北極に行くのだが。



バンクーバーでの入国審査
いつもの旅行とは違い、インターンシップということで就労ビザで入国しました。まっすぐイミグレーションは通り抜けられず、初めて別室へ行かされました。

カナダ国旗カナダの就労ビザは、厳密には最初に日本のカナダ大使館で「就労許可証」というものが発行され、それを入国の際イミグレーションで審査官に見せます。そして審査官の判断で初めてそこで就労ビザが発行されるのです。その審査官の当たりはずれによりビザの期間は様々で、インターンシップの活動期間が9ヶ月であるにも関わらず、「その後3ヶ月旅行したい!」と食い下がってビザを1年もらった人もいます。もしも審査官が男性で可愛い子がニコニコおねだりしたら、すんなり1年くらいはもらえそうな感じでした。とはいえ、現在はテロ対策のためビザ発行はかなり厳しいと聞きます。

さて、私の審査官のお兄さんはというと、行き先の「KUGLUKTUK」を発音することができませんでした。やっぱり僻地なんだなー。思わずため息。審査をパスするまでは、待ち時間を含めて30分くらいでした。中国系のやかましい団体が前にいて、彼らはさらに別室で厳しく審査を受けていたようです。なんだか偏見っぽいなあ。



空港で暇つぶし
エア・カナダで関空からイエローナイフへ行く場合、バンクーバーでかなり待ち時間があります。今の私ならおそらく空港を出て市内で暇をつぶすでしょうが、その時はなんたって初めての外国一人旅。時差ボケと闘いながら、空港の中で絵ハガキを書いたりして6時間ほど過ごしました。空港内には当時すでにスターバックス・コーヒーがありました。スターバックスはカナダ国内でもまだ進出したての頃でした。



エドモントンは寒い
バンクーバーからエドモントンへのフライトは、シートが3:2の小さな飛行機でした。隣の席はコリアンのお兄ちゃんで、笑顔でガムをくれました。優しい。でもお兄ちゃんは大柄で、とても窮屈なフライトでした。そして、噂に聞いたように機内は結構寒い〜。ブルル。

エドモントンに着いて飛行機を降り、空港の建物まで数十メートル歩かされましたが、ここですでに寒く、空気はかなり乾燥していました。気温は余裕で−20℃以下でしょう。恐るべし1月のエドモントン!

空港のターミナル内でなぜか迷子になり、イエローナイフ行きのゲートの場所を尋ねると、それはそれは端の方にありました。小さいし売店もないし、しかも雪のためにフライトは2時間も遅れていました。この頃になると顔は脂ぎってくるし、疲れのせいでだんだんヘロヘロになってきました。



オーロラツアー客に囲まれて
驚くなかれ、イエローナイフ行きの乗客のほとんどは日本人でした。さすがオーロラ。実は、関空からずっと私はこの日本人団体と同じフライトで、ジロジロ見られ続けては嫌な思いをしていました。

しかし私は今日の夕食となる機内食をワシワシと食べ、日本語の会話が行き交う中を一人だけ必死に日記をつけていました。と、その時突然「オーロラ!」の声。日本人はみんな一斉に立ち上がって大騒ぎし、窓の外を覗き始めました。でも少数のカナダ人は動きません。みんなマナーが悪くてこっちが恥ずかしくなる始末。どうせオーロラなんかこの先いくらでも見られるし、カッコ悪いことはしないでおこうと思って一人無視していましたが、隣のカナダ人の方が声を掛けてくれて、窓からオーロラが見えるようにわざわざ動いてくれました。優しい。再びうるうる。ちょっとだけ覗かせてもらいましたが、それほど大したものではありませんでした。しかし機内から見るオーロラは自分の目線と同じ高さにあるので、真横に白い線が一本という感じで、不思議といえば不思議でした。

そろそろ到着という時、真っ暗だった窓に突然光が飛び込んできました。周囲は真っ黒なのに、イエローナイフの街の部分だけいきなり高層ビルが立ち並んで煙(というか寒いので蒸気)をもくもく吐いていました。人工的に造られた街だとは聞いていましたが、まさかこんな宇宙ステーションみたいな所だとは思ってもいませんでした。



イエローナイフ空港にある日本語看板
イエローナイフ空港にある日本語看板
イエローナイフに到着
フライトが遅れていたのでイエローナイフへの到着は夜中の12時を過ぎていました。飛行機を降りた瞬間に鼻の中が凍り、空気の乾燥のすごさに思わず咳き込んでしまいました。空港では日本人団体が集合し、添乗員が何やら説明をしています。その後ろを「すいません」と言いながらデカいスーツケースをごろごろ押して歩き、ジロジロ私を見つめる彼らともやっとお別れです。

ホテルのシャトルバスを探すと、いたいた!ちゃんと小さいのが来てました。乗客は私一人で、助手席に座って少しおじさんとお話しました。おじさん曰く、「今−34℃だよ」。ということは、今日1日で50℃近くも気温が下がったのだな。すげー。

こうして長かった1日目(というか12時過ぎたから2日目なんだけど)は終わりを告げました。しかし遠い!イエローナイフに行く予定のある方、覚悟して下さいね。



やっと2日目
ぐっすり眠って一夜明けました。気温は−33℃でしたが、もう慣れてしまいました。今日のフライトは夕方ですが、空港へのシャトルバスは午後1時半に出発するそうな。そしてチェックアウトは11時。どうも全部が中途半端な時間でいけません。

私が泊まったホテルはショッピング・アーケードに隣接していたので、荷物をクロークに預けてブラブラ散策することにしました。が、クロークがありません。フロントで尋ねたら、お姉さんが「大丈夫だからそこに置いといて。」と当たり前のように指を差した先は、ロビーの片隅。そこには確かに荷物がいくつか置いてありました。ホンマかいな、と関西弁でつぶやきながら、誰か見張ってくれることを祈りつつ、そこに大事な荷物を置いてアーケード散策に繰り出しました。海外で一人でブラブラしたのはこれが初体験でしたが、何となく「あ、アタシ一人旅いけるかも」と感じた瞬間でした。

シャトルバス出発の時間がきました。今日のバスは満員で、みなさんヨーロッパ系の方々ばかり。周囲が盛り上がっていても私は一人で緊張の面持ちです。というのも、ホストマザーと対面することになっていたからです。事前に聞いた話では、ホストマザーは出張から戻ってくるところで、私と同じホテルに一泊して同じ飛行機に乗るらしいのですが、会うのはイエローナイフ空港でということになっていました。どこにいるんだろう?なんて考えているうちに空港に到着しました。



小さいイエローナイフ空港
日本を離れる前にホストファミリーの写真をもらっていたのですが、彼女らしき人はまだそこにはいませんでした。そこでとりあえず搭乗手続きをしました。私の乗るファーストエアーのカウンターはとても小さいのに、その時は「クグルクトゥク行き」という掲示がなかったので少しビビッてしまいました。勇気を出してカウンターで航空券を見せたものの、グランドホステスのお姉さん(おばさん?)の話すスピードが速くてちゃんと聞き取れず、何とか理解できたのは、出発時刻が少し遅くなったらしいことと、搭乗ゲートが3番だということだけでした。出発時間が何時になったのかはよく分かりませんでした。手渡された搭乗券の座席番号は「OPEN」、つまり座席自由でした。あらま。その後、スーツケースを預けてから3番ゲートを探しましたが、「3」と書いてある普通のドアがあるだけで、セキュリティらしきものさえ見当たりません。その薄い3番ドアを開けるとすぐ外です。冗談にもほどがあるぞ。

それより 何より、待てど暮らせど私のホストマザーは全然現れません。なぜだろう・・。ふと見ると、ちょっと離れた所にホストマザーとよく似た髪型で金髪の年配女性がいました。ひょっとして彼女かな?髪の色染めたのかな?だけど、私のホストマザーはイヌイットのはず。人種まで変わるわけないのでした。
イエローナイフ空港の右端にあるファーストエアーのカウンター
一番右がクグルクトゥク村行き

イエローナイフ空港のファーストエアーのカウンター



七変化するファーストエアー
遠い異国の地で約束した人に出会えず、私はとても不安になっていました。その間にもアナウンスが何度か聞こえてきましたが、とにかく速くて何を言っているのか全然分かりません。本来の出発時刻が来ても周囲の人が動く気配はなく、心臓バクバク状態のまま私はただただジーッと座っていました。どうか飛行機に乗り遅れませんように・・・。そう祈っているうちにまたアナウンスが流れました。「ゲート3」と聞こえたかと思うと、周囲の人々が動き始めました。やっと搭乗だ〜。後をついて行くと、なんとセキュリティはなし!金属探知機を通らずに薄い3番ドアを通って外に出ると、数メートル先に小さいプロペラ機が待っていました。これがファーストエアーなのね。どきどき。
飛行機の前方にある貨物収納スペース
飛行機の前方にある貨物収納スペース


早々に乗り込むと、自由席だったので一番前に座りました。座席数を数えると2:2のシートで4列です。つまり16人乗りですね。目の前の壁は取り外し可能なものらしく、かなり隙間が空いていたのでちょっと覗いてみました。前の席はビジネスクラスなのかなーなんて思ったら、そこには網がかけられた荷物が山積みでした。当初私は知らなかったのですが、その飛行機は貨客混合機で郵便物なども全部積み込んでいたのです。16人乗りというのは、たまたまその日の乗客がそれくらいだったからで、その日の乗客人数によって壁は自由に動くのです。後日談ですが、中には一人で乗ったという人もいて、その時は2:2のシートが1列だけだったそうです。貸切だなんて贅沢だこと。



北極圏を飛ぶ
飛行機から見た冬の北極圏の空
冬の北極圏の空
初めて見る北極圏の大地は、1月なので当たり前ながら凍っていました。こんな所に人が住めるワケがない!低空飛行なのでひたすらNHKのドキュメンタリーのような光景が続き、大地というより地球儀を見ているようです。機内はものすごく寒く、プロペラ機なので騒音も半端ではありません。お世辞にもきれいな飛行機とは言えず、頭上の荷物置き場はフタがないので電車の網棚みたいです。よく見ると、全員分の酸素吸入器が無造作にその棚に積まれていました。あれって普通は頭上から自動的に下りてくるモンじゃないの?フライトアテンダントは「つなぎ」を着ていて整備工みたいだし、そしてパイロットの操縦はどうもアヤシイ。




問題の酸素吸入器
問題の酸素吸入器

ホストマザーはどうしたんだろう?と考える余裕ができた頃、クグルクトゥク村が見えてきました。村の全景が見えてくると、人間ってのはどこにでも住めるんだなーと妙に感心しました。



クグルクトゥク村に到着
機内から見た空港の建物はこんな感じ
クグルクトゥク空港の建物
ついに目的地に到着しました。なんて遠いんだぁ〜!と雄叫びを上げたくなる距離でありました。空港というより飛行場、あるいは長距離バス停留所と言った方がしっくりくる所でした。滑走路は砂利道で、空港の建物も平屋建ての小さな箱型でした。

飛行機を降りて建物の中に入ると、現地日本人の女性が彼女の子供とイヌイットの女性と3人で迎えに来てくれていました。なんとホストマザーは飛行機に乗り遅れたという連絡があったそうです。イヌイットの女性はホストマザーの娘ということでした。事前にもらっていたホストファミリー情報には、家族構成はホストマザーと8歳の娘の二人だけで彼女のことは載っていませんでした。(実は彼女は独立して別の家に住んでいたのでした。)



オーロラを見る
空港から村までは歩いてもせいぜい30分の距離です。冬は極端に日が短いので、トラックでやっと村に着いた頃にはもう暗くなっていました。家に入ろうとした時、出迎えてくれた8歳の女の子が玄関の前で「ノーザンライツ!」と叫んで空を指差しました。初めてまともに見るオーロラはカーテンのようでとてもきれいでした。それを見て初めて、本当に北極圏に来たんだなーと実感が湧いたのです。オーロラに出迎えられるなんてすげー。ひたすら感動。



後で知る真実
ホストマザーとは結局、数日後まで会えませんでした。後で知ったことですが、彼女は大酒飲みでありました。私がイエローナイフに着いた日の夜、彼女はパーティーと称して飲み過ぎて、翌日は二日酔いのために飛行機に乗り遅れたのでした。イヌイットの方々には「約束を守る」という概念が希薄な方が結構いることや、時間にルーズなこと、アルコール依存や薬物依存の問題など、色々大変なことがあることも後で知りました。こんなホストマザーは当時小学校の校長でしたが、たまに飲み過ぎては学校も休んでいました。

そこで悟った結論・・・北極圏はアジア文化圏だーっ!!